kimagureguren’s blog

現在は雑記です。自分の人生に責任をもつ練習中です。仕事を楽しむために工夫中です。twitterのIDは@kimaguregurenです。

ただ真っ直ぐに愛したかったし愛されたかった

きまぐれぐれんです。

自ら作った長年のわだかまりが少し溶けたように思ったのでここに記します。

両親が離婚しました。もうずいぶん前のことです。当時の私は義務教育中でした。私は父に本当の気持ちを打ち明けることが出来ずにいました。離婚しないでほしいということです。最近になってようやく父に伝えることが出来ました。私にとって両親の離婚はまだ現在の問題です。少しいびつな家族関係でしたが、それでも私にとっては大切な家族で原点です。離婚の予兆はありました。母が心の病にかかり、高価で日常生活では必要のない買い物をしてまわり、父はその対応に追われていました。母がそうなった理由は今はわかるような気がします。本当の理由は母に聞けていません。私たちは日々母がしてくれていたことを当たり前のこととして捉えて、母に感謝や労りの言葉を掛けなかったのです。そして父は母の分まで私たちを育てなくてはならない重責を負いました。父は私たち子供のためにフライパンを振るい、学校の行事に参加し、働き続けました。この頃の記憶が曖昧でうまく思い出せないので、思い出せる範囲のことを書くならば、私は父に出て行けと言われました。ちなみに兄弟も同じように言われていました。私の物、教科書などを玄関から投げて、そう告げました。私は悔しさと惨めさと悲しさと怒りと虚しさと憤りと苦しさと悲しみを抱えて出て行っては父の指示で兄弟が迎えにきました。私には変える場所が家しかなかったので、帰らざる負えませんでした。はやく家から出ていきたいと布団の中で出来るだけ体を小さく丸めて思っていました。声を出さずに泣くことを覚えたのはこの頃だと思います。それと同時に私には自分の力で生きていくことが出来ないのだと、人に頼らざる負えないのだと、自分ではどうすることもできないことがあるのだと、本当の気持ちを押し殺して偽って縋り付くしかないのだということを強烈に自分に刷り込みました。自分自身が壊れないための防衛反応です。ですがそれはその場しのぎでしかなかったのです。蓋をしてなかったことにしたその気持ちは無くなることはなく、溜りにたまった自分の本当の気持ちを偽り続けた結果、自分を信じることや自己肯定感を養うことや自分と向き合うことができず、自己投影し最も大切な人を傷つけました。自分と向き合うきっかけであるカウンセリングを進めてくれたのはその人でした。今は通ってはいませんが、通院の間も自分の身を削りながら支えてくれました。私は依存していました。取り返しのつかないことをしました。謝意を表し、その人がピンチのときに力になれるように、依存することでしか生きられないという自分にかけた呪縛を解くために今努力しています。その努力自体が薬です。こうして自分と向き合うことでわずかに呪縛が緩んでいます。感情を取り出しすぎたので今日はこの辺で。

 

あなたの幸せを願い、応援しています。