kimagureguren’s blog

現在は雑記です。自分の人生に責任をもつ練習中です。仕事を楽しむために工夫中です。twitterのIDは@kimaguregurenです。

呪い

きまぐれぐれんです。

皆さまお久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか。

先週は未来への一歩を踏み出した日でした。ここ最近は家と職場を行き来するだけの日々を送っていました。お金が必要なので無駄な出費を抑えるためです。でも続ければ続けるほどに生きている意味を失っていきました。以前では考えられない事、仕事などやらなければならない事をズル休みすることが増えてきたためです。仕事帰りに電車に揺られて本屋さんに行き、好きな本を見つけて近くのレストランで食事をして、自宅で一冊読み終えて…とても充実した1日でした。そのように過ごすと決めたのはちょうど2週間前でした。ルーティーン化した日々に変化を与えるためです。私は変化をとても恐れる性質があります。それは両親の離婚がきっかけです。私は私が努力しても変えることができない事象があることに絶望しました。そしてその圧倒的な無力感が私を今まで苦しめてきました。私は変わりたいと願いながらも変われずにいました。自分の力で困難を解決することが出来ないと自分に言い聞かせて、ずっと自分を痛めつけてきました。私はそれを呪いと呼ぼうと思います。その呪いを解くことができれば、一人暮らししたいというような気持ちも薄れてなくなるようにも思いますが、私は自己解決能力を高めたいと思っています。そのために努力して見ようと思いました。ほかの誰でもない自分の為です。私は自分を大切にすることの尊さと難しさを知りました。

人が人に優しく出来ない理由は大きく分けて3種類だと思っています。

ひとつめは人の温もりを知らないこと。それは常に悪意に晒されている状態で、それが『普通』だという認識を正せないでいる無自覚な場合、その『普通』を他人にも無意識にしている。人は誰か(何か)を手本にして真似て人と関わるので、その振る舞いをするようになります。よって、自分がしている事が人を傷付ける行為だと自覚していない状態で、むしろそれが正義であるかのような持論を持つ人もいます。

ふたつめは悪意に晒されて魔が指す場合。大抵の人がこちらに当てはまると思います。満員電車で足を踏まれて謝罪されなかったり、日々家族の為に毎日頑張っているのに、さも当たり前の事のような態度で感謝や労いの言葉がなかったり、人と比べられて自身を喪失していたり、その存在自体を疎まれていたり…。その憂さ晴らしの為に、人を故意に傷つけている場合です。

そしてみっつめは人に対して関心がない場合です。関心が持てなくなってしまった場合もこちらに該当します。自分のことだけで手一杯だったり、自らの意思で人と関わる事を避けて殻に閉じこもる場合です。

陰を持たない人には理解しにくいとは思いますが、それは確かに存在します。そうならざる負えない環境が人を闇に惹き込むのです。

私はその闇から生まれた呪いを解く為に、邪気を祓う行動を起こしました。その効果は絶大で、前よりは自分を労わりその心の余裕によって人に優しくできるようになってきました。それは硬く渇いた石(意志)に一滴の水が落ちるような些細なことですが、それは確かに私にとっての潤いです。何度も何度も落とす事でその石は窪んでいくことに気がつきました。いつか風穴があき壊れて跡形もなくなり風化する日を楽しみにしています。

相変わらず自信とは一体なんなのか検討もつかずに彷徨いつづけていますが、自分を少し好きになれました。

私がわたし自身を嘆き憫察する限り、闇に引き摺り込まれると気付いてから、長年の靄が晴れていきました。

私は自分を大切にすると決めてから実行して気分転換の仕方を得て自己否定することも少なくなり、拙いながらも人に優しくできるようになりました。自分と向き合えば向き合うほどに自分は何をしたいくて、何をしたくないのかが解るようになりました。そして以前話していたひとり旅も手段に過ぎないのだと気付きました。ただの思い込みで随分と人を傷つけ、無駄に時間を浪費してしまいました。後悔というぬるい考えでまとめる気はありません。私に出来ることは誠意と真心を尽くすということ。壊して失ったものを直すのではなく、新たに作るということ。そして二度と関わらないこと。やらなくてはならないこと…。話が長くなり過ぎたのでこの辺で。

最後まで読んでいただきありがとうございます。あなたの幸せを願い、応援しています。