kimagureguren’s blog

現在は雑記です。自分の人生に責任をもつ練習中です。仕事を楽しむために工夫中です。twitterのIDは@kimaguregurenです。

感情は大きくわけて2種類

きまぐれぐれんです。

感情は大きくわけて快と不快の2種類であると最近思うようになりました。

そして不快と感じることを無くすことが快適に過ごす秘訣だと思います。

快か不快かを自分に聴いて不快ならば止め、快ならば続ける。そんなシンプルなことを私は出来ていませんでした。

やらなければならない事をせずに先延ばしにすることは、終えるまでずっとやらなければならないことに心を蝕まれるため不快です。心から今を楽しめないのです。後回しにして楽しいと思ったことは一度もありませんでした。そのことを意識できるようになってからは不快に思ったことはすぐに片付けるようになりました。この意識の変化は現在勤めている会社で環境整備をするようになってからです。毎朝15分仕事の前に掃除をすることで1日にどれだけ汚れるかがわかり、掃除をせずに汚れてしまった場所は掃除をする時間が余計にかかり、時間がかかるゆえに面倒になりさらに汚れていく。毎日続ければさっとひと撫でで終わる。綺麗にしたことで心が満ちて余計な雑念をもたずに爽やかに仕事に取り組める。最初はなんのためにするのかが分からず効果もなかったのですが、次第に意識がかわり考え方が変わりました。今では環境整備された場所でないと不快と感じるようになり、私生活でもささっと掃除しないと不快です。そして快適に過ごせる場所が最も生産性を高めるのだと思いました。恐らく試験前になると急に掃除を始めるのは集中できない環境を無くす心理が働くのと、逃避です。日々のやらなければならないことを後回しにすると本当にやりたいことが見つかったとき足を引っ張る原因になります。不浄の溜まった場所では心が腐っていくだけです。

人生でやらずに過ごしてきたことが私を苦しめています。やることを選択する自分であり続けたいです。

それから話は変わりますが、人に自分の考え方を押し付けたりするひとにはなりたくないと思いました。常識や普通など。

常識は限られたコミュニティ内で円滑に過ごすための知恵です。コミュニティが異なればそれは非常識になります。固定観念は時として凶器になりえます。柔軟な考え方をできるようになりたいです。

私は考え方そのものを選択できると気が付けたので、不快になる考え方は捨てようと思います。自分は自分。他人は他人。他人が考えた考え方を真似するのではなく、自分なりにアレンジして自分の考えを持つ。自分と他人は他者だから分かり合えない。その前提の上でわかり合おうと努力する姿勢が大事なのだと思います。分かり合えなくてもいいのです。それが自然なことです。最初から分かり合えるひとなんていません。みんな違います。


こうあらねばならないという考えで縛っているのは自分自身です。周りの人は縛ってなどいません。自分を自由にすれば自然と自由な環境が訪れます。

最終的にはやらなければならないことがない環境下で思う存分楽しみます。

ないものはない。今有るものを見つめて、足りないものを補っていきたいです。


コンビニで買い物をする時に店員さんに優しく接してみました。するといらっしゃいませではなく、おはようございますなどの挨拶に変わりました。人を大切にすることは同時に自分を大切にすることです。自分を大切に出来る人が人を大切に出来るのだと思いました。自分を蔑ろにすると人を蔑ろにするめ、人に蔑ろにされます。情けは人の為ならずです。人を大切にすることで自分も大切にされる。その積み重ねが信用になるのだと思います。実験して好循環になるとわかったので、人を大切にする行動をしていきたいです。


私が人付き合いが下手な理由は自分を大切に出来ていなかったために人を大切にする考え方や方法が分からなかった、行動に移していないからだということが分かりました。今の職場の人は人の為にさっと行動する人々の集まりなので、自分は宇宙人です。人の為に何故こんなにも行動できるのか理解できませんでしたがいまは少しずつ分かるようになってきました。いまはまだ迷惑を掛けてばかりだですが、はやく返していきたいです。コピー用紙と掃除表の破棄と補充は自分の仕事にしました。今できる小さなことからコツコツと返していくことにしました。感情的に振る舞う人がいないので安心して過ごせます。怒気の含まれた音や行動が苦手でビクビクしている自分がいることに気が付けました。誰しも自分にされたことを自然と自分もするようになる。負の連鎖と善の輪どちらをされたかで人生が決まる。自分で気が付いてやめたり補うことで変えていける。学び続けていきたいです。


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秘書検定の受験と本屋さん。そして己を知ること。

きまぐれぐれんです。

今日は秘書検定を受験しました。ぱらぱらと参考書を読むだけで全然勉強しなかったのですが、割と解けました。秘書検定の受験を通して少し自分と向き合えた気がして、以前よりも自分を好きになれた充足感でいっぱいだったので穏やかな一日でした。秘書検定の帰りに本屋さんに寄って自分の興味の赴くままに本を読みました。イラスト、心理学、資格、お金、スケジュール帳など。夕方の込み合う時間帯に満足したので、レジは5台ほどあったものの30人くらい並ぶほど大変混雑していましたが、心理学の本を2冊購入しました。一冊目は、【親に壊された心の治し方  「育ちの傷」を癒やす方法がわかる本】というタイトルで、過去の自分と向き合い認知の歪みを和らげて治していくためのヒントが載っていました。読み進めるたびに涙がこぼれそうになるので書店での内容確認は止めて自宅でじっくり読むことにしました。タイトルが刺激的な表現なので購入するか迷いましたがカバーを掛ければ大丈夫だと思いました。親への罪悪感が浮かんで消えました。ニ冊目は未来の自分がどうありたいかを模索するために購入した本でタイトルは、【「好きなこと」だけして生きていく。】です。努力ってしんどいです。頑張ってるから。自分が努力していると感じていることは恐らく好きなことではないのだと最近強く思います。好きなことなら努力と感じないのが真理だと思います。私は本屋さんで本を読むことに苦痛を一度も感じたことはありません。むしろ許されるならずっと読んでいたいと願うほどです。知的好奇心が満たされることによってどんどん心エネルギーが蓄積されていきます。最高にわくわくして楽しいです。こんな風にブログで書きたくなるほどに。誰かに伝えたくなるほどに。

人が作った制限を自分が考えていることのように刷り込まれたことや自分で作った制限に囚われることはばかばかしいことだなと思えるようになりました。みんながそうしてるからそうしないといけないとか、違和感を抱えながらも何もしないで感覚が麻痺したり。その制限をなくす方法のひとつにもし〇〇だったらどうしたいかと考える方法があると思います。

 

 

つまり想像することによって本当は何がしたいかなど自分と向き合うことができると思います。人生の3分の1は仕事をすることになるので、好きなことを仕事にして生きていきたいです。今は自分がどんなことをしているときに快く感じるかについていろいろと試しながら模索しています。その快さと自分ができることがぴったりと当てはまったことが天職になるのだと思います。

 

私にとって自分を開放すること=してはいけないこと(思い込み)。だったのですが色々と自分の感じたり思っていることと向き合うことで改善されつつあります。改善されていくと同時に生きている感を感じることができるようになってきてだんだんと心が晴れて澄んでいくような、本来の自分を取り戻しているようなそんな感覚があります。両親の離婚前の自分を思い出してみることで自分はどんな人間だったのかなど、自分を再発掘しています。自尊心が高まってきているのかもしれません。

 

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イザナミ 自分を受け入れる必然性

きまぐれぐれんです。

ナルト疾風伝のネタバレ有りなので、じっくり浸りたいかたは戦争が終わるまで読まないことをおすすめします。

 

 

ナルト疾風伝でカブトがイタチのイザナミにかかり無限ループしているあたりのお話が、まさに自分がとらわれて抜け出せないループの中にいたのだと自覚しました。イタチのサスケへの言葉が印象的でなにかが解けた感覚を覚えました。ありのままの自分を受け入れていれば、自分を偽らなければもっと違う人生になっていたのだと思いました。自分が父にされたようなことを私は最も大切な人にして傷つけました。傷つけるという表現は軽すぎて合ってないように思います。人が壊れるようなことを私は受けていたのだと知りました。自己防衛していたのも無理はないのだと分かりました。ただ、私は父を愛していたと同時に自分の利益(現状の生活レベルを維持したい。学校へ通っていたい)を確保するために自分を殺しました。自分だけでは生活できない現実を叩きつけられ、混乱と異常な無力感に苛まされました。こんな扱いを受けても生きるために必要だから、嫌われないように振る舞う。自覚しない反抗はしていたようです。あまりにも負荷がありすぎて自分が壊れないように護るためです。父に要求することで自分の痛みを知って欲しいと、父に真っ直ぐに愛してくれない苦しみと愛して欲しいという願いを受け入れて欲しかったのだと思います。子供が幼いほど親は子供にとって世界であり全てです。自分の存在は受け入れられないと思わせないでください。私のような自己愛性人格障害に当てはまる人を作らないでください。自分の存在を自分で否定することは最も辛く暗いことです。自分からの自分への愛を受け取れないが故に他人からの愛を異常に求めます。それが他人との関係を壊すことになっていても、本人は愛に常に飢えているのでなりふり構っていられないのだと思います。そして負のループから抜け出せない。ますます孤独になっていく。自分には自ら死を選ぶ度胸がなかったので、そのおかげで紆余曲折、気づくことができました。私自身まだ負のループから抜け出せていませんが、もし自分のような人に出逢ったのならばその人を通して自分を救いたいと思います。欲しても受け取れなかった愛を自分が与えることによって過去の自分に向けて愛を与える。いかに自分が傲り嫌な存在かを受け入れたことで、周囲の素直さや謙虚さを感じられるようになりました。そしてこんな風に振る舞えばいいのだと日々学んでいます。親や周囲からの愛に恵まれた人には私は異端者として映ると思います。にとっても皆優しい宇宙人なので。なんでこんなに受け入れてくれるのだろうかと。怒鳴ったりり居場所を奪ったりしない。不安になったり脅えたりしない。

 

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潤沢な資産と時間があったらなにをしますか。

きまぐれぐれんです。

タイトル通りなのですが、潤沢な資産と時間があったらなにをしますか。

 

私は創作活動に勤しむと思います。いわゆる自己表現です。新しいことにチャレンジすると思います。色々なことを経験して楽しみたいです。スカイダイビングやスキューバーダイビングしたり、バンジージャンプしたり、登山したり、日本一周したり、歴史を感じたり。家で好きなだけ読書したり。

朝起きたら、カーテンを開けて日差しを浴びて鳥のさえずりに耳を澄ませて朝食を作ってあたたかい飲み物を飲んで、家を掃除して散歩に出かける。道行く人に挨拶をしておしゃべりする。昼食は行く先々のお店で。忙しなく働く姿を見て活力をもらって小説やイラストをかく。何気ない日常をかきとめてブログに残す。居合わせたその人の人生を想像する。シェアハウスを作って様々な人を受け入れる。社会や人との繋がりが希薄になってしまった人々の安らぎの場を提供したい。いろいろな価値観に触れて視野を広げたい。一人一人が自分の力で生きていける知恵を授けたい。自分のために人の役に立つような活動がしたいな。

自分育成スケジュール

きまぐれぐれんです。

今後の自分育成スケジュールを公開します。

目標は人を助けられる力を身に付けて実行し続ける自分で在ることです。


まずは現状把握から。

正社員採用の研修期間中で15日に結果がでる。非常識である。人に頼ることが多い。経済観念がない。独りでも生きていけるか不安。料理とかさっぱり。

募金をしている。人や物その他に丁寧に接する姿勢を心掛ける。


現状を変えていく。

まずは自分で出来ることを増やす。

基本の挨拶からはじめる。礼儀作法を学ぶ。お金のことを知る。独りで生きていく勇気を持つ。健康管理をする。


具体的には、秘書検定と簿記とFPの資格取得を通して、社会人の基礎を作って固める。

2017年11月12日に秘書検定

2018年2月25日に簿記

2018年5月28日にFP

2020年までに上記の資格を2級以上取得することによって社会人としての自覚と自信を持つ。


今からでも出来ること。

家計簿をつけて収支を把握する。休日に料理を作る。困っている人アンテナを常に張る。図書館から歴史の漫画を借りて読むこと。日々見聞を広げること。


やらないこと。

自分の価値観を押し付けること。人を助けないこと。自己投影すること。ありがとうとごめんなさいを言わないこと。


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ただ真っ直ぐに愛したかったし愛されたかった

きまぐれぐれんです。

自ら作った長年のわだかまりが少し溶けたように思ったのでここに記します。

両親が離婚しました。もうずいぶん前のことです。当時の私は義務教育中でした。私は父に本当の気持ちを打ち明けることが出来ずにいました。離婚しないでほしいということです。最近になってようやく父に伝えることが出来ました。私にとって両親の離婚はまだ現在の問題です。少しいびつな家族関係でしたが、それでも私にとっては大切な家族で原点です。離婚の予兆はありました。母が心の病にかかり、高価で日常生活では必要のない買い物をしてまわり、父はその対応に追われていました。母がそうなった理由は今はわかるような気がします。本当の理由は母に聞けていません。私たちは日々母がしてくれていたことを当たり前のこととして捉えて、母に感謝や労りの言葉を掛けなかったのです。そして父は母の分まで私たちを育てなくてはならない重責を負いました。父は私たち子供のためにフライパンを振るい、学校の行事に参加し、働き続けました。この頃の記憶が曖昧でうまく思い出せないので、思い出せる範囲のことを書くならば、私は父に出て行けと言われました。ちなみに兄弟も同じように言われていました。私の物、教科書などを玄関から投げて、そう告げました。私は悔しさと惨めさと悲しさと怒りと虚しさと憤りと苦しさと悲しみを抱えて出て行っては父の指示で兄弟が迎えにきました。私には変える場所が家しかなかったので、帰らざる負えませんでした。はやく家から出ていきたいと布団の中で出来るだけ体を小さく丸めて思っていました。声を出さずに泣くことを覚えたのはこの頃だと思います。それと同時に私には自分の力で生きていくことが出来ないのだと、人に頼らざる負えないのだと、自分ではどうすることもできないことがあるのだと、本当の気持ちを押し殺して偽って縋り付くしかないのだということを強烈に自分に刷り込みました。自分自身が壊れないための防衛反応です。ですがそれはその場しのぎでしかなかったのです。蓋をしてなかったことにしたその気持ちは無くなることはなく、溜りにたまった自分の本当の気持ちを偽り続けた結果、自分を信じることや自己肯定感を養うことや自分と向き合うことができず、自己投影し最も大切な人を傷つけました。自分と向き合うきっかけであるカウンセリングを進めてくれたのはその人でした。今は通ってはいませんが、通院の間も自分の身を削りながら支えてくれました。私は依存していました。取り返しのつかないことをしました。謝意を表し、その人がピンチのときに力になれるように、依存することでしか生きられないという自分にかけた呪縛を解くために今努力しています。その努力自体が薬です。こうして自分と向き合うことでわずかに呪縛が緩んでいます。感情を取り出しすぎたので今日はこの辺で。

 

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タイピング練習の感想2

きまぐれぐれんです。

今日もブラインドタッチで書いています。 

ブラインドタッチの練習のおかげで視野が広がったように思います。

いままで手元と画面を交互に見て誤タップがないか見なければいけなかったのですが、今は画面に集中できるのでとても快適です。改行や句読点、back spaceの位置もだいぶつかめてきました。タイピングに慣れてきたら、キー配列のイラストを描いてどれくらい把握できているか確認したいと思います。

タイピング練習は秘書検定も控えているのでほどほどにしたいと思います。

 

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